強気な無能に弱気な無能、おなじ無能ならやらなきゃ損損

諸先輩がたと比べたとき、ぼくら若者はできることが少ない。これはちゃんと認めなくてはならない事実だと思う。だって経験値が違うんだもんね。

なぜか若い人、特に学生さん(ぼくもそうだったかもしれないけど)は、気持ちだけは”おれ最強!モード”に入っていて、なんでもこいおらぁぁぁと思ってる人は多い。

特にエリートと呼ばれ、そこまでずっと来たような人こそ。そう考えると、ぼくは留年とか大学1年目にしてしちゃったし、あんまりそういう感じはなかったのかもな。

と、ぼくの話はさておき、気持ちのうえではどんなに強気になるのは良いこととして、実際には若者のぼくらにはできることは少ない。

できることは少ないんだから、時間と手足をとことん使って、ひとつでもスキル(自分の色、キャラ)を磨けばいいのにな、と思うんですよ。

できないのに強気な人と、できないから弱気な人がいます。どちらかと言えば、弱気な人はもったいなぁって。

「踊る阿呆に見る阿呆、おなじ阿呆なら踊らにゃ損損」という言葉がありますが、

「強気な無能に弱気な無能、おなじ無能ならやらなきゃ損損」

と思うわけです。言葉はひどいですけど、基本的に自分は何もできないと認めたうえで、じゃ何ならできるか、何からはじめればいいのか、と気持ちをスキルでかたちにしてゆくんじゃないすかね。

やってくなかで、見えてくる自分の得意不得意はあると思いますし、それは自分の予想を超えるもんだって沢山あるでしょうよ。

だから、頭のなかで、うぅぅと弱気になってないで、まず手足動かしてみようよ、と動きがにぶめな若者に対して思うわけです。

やった数だけ、失敗にしろ成功にしろ、発見がある。だから、やろう。

と、雑ながらに「まずはやってみろよ」と若者に言いたいおっちゃんたちを代弁してみます笑。

いや、ぼくもイライラするんすよ。そういう人!

こう考えたらいいんです。何もできないくせに強気なだけで目をかけられてる人がいるんだから、それならおれでも/わたしでもできる、と。そう思えば気持ちすこし楽です。

やるかやらないか、が、できるかできないか、ではないすかね。

おおみじゃ

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